殺陣師の佐藤雅樹が殺陣と武道修行から得た "気付き" を易しく解説します


by Masaki Sato

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"気" に関するご質問へのお答え

【ご質問】


いつもブログ拝見しております。

この記事とは、少し関係ないのですが、この記事と以前書かれていた「天地人1」、「天地人2」の記事の中で書かれていた『気』が頭の中でくっついてどうしてもSato様に質問したくなり投稿しました。私は『気』というものを、練習する機会がなく、全くわからない素人ですがご教授頂ければ大変うれしいです。

質問ですが「気」というのは体にまとわせて、大きくみせるようなことはできるものなのでしょうか。つまり、この「ドングリの背比べ」の記事で書かれていることを、「気」で体を大きく見せることというのは可能でしょうか。また、可能である場合、どのような訓練をするものなのでしょうか。


この質問の意図ですが、私の周りには「服装」「髪型」「アクセサリー」「動作」なので、体を大きくする人がおります。ただ、たまに理由はよくわからないのですが、「この人すごいなぁ」という人に会います。だいたい何かしらのリーダーか技能者、または変わった経歴の方に多いです。(しかし、リーダーだからといって、特殊な技能を持っているからと言って全員が全員「この人すごいなぁ」という感じはしないのです。たまに、一部の方だけなのです)「これは何なのだろう?「気」かな?でも、「気」のトレーニングとかはこの人たちはしてないような気がするけど、何だろう?」と疑問に思っております。

お時間のある時に、ご返信いただければ大変うれしいです。

追伸:いつも「垂直に伸びる背骨(連載)」ばかりにコメントしてますが、他の記事も読み、いろいろと考えさせられております。



【お答え】

コメントありがとうございます。

早速『気』について解説させていただきます。


気というのは、一般の方達もなんとなく想像されているかとは思いますが、一種の ”生命エネルギー” であるとお考えください。そして ”生命エネルギー” である以上、この世に生を受けている全ての人間に備わっているものだとご理解ください(実は、人間以外の、動物にも、植物にも、鉱物にさえ気は宿っているのですが、ここでは話を分かりやすくするために人間の気に関してだけご説明いたします)


そして、そのエネルギーの性質としましては、先ず『形』があるという事、次に『質感』と『色』があるという事を頭に入れていただきたいと思います。


『形』に関しましては、KAWASHIMAさんのご指摘にもありましたように、大きい、小さいというものが先ずあって、その他にも、丸い、トゲトゲしている、もうグッチャグチャ(笑)等々、人によって千差万別なものなのです。


次に『質感』ですが、サラサラしている、透明感がある・・・その逆に、ザラザラしている、ドロドロしている等々、これもまた人によってそれぞれの性質を有しています。


最後に『色』ですが、これも明るい色から暗い色まで多種多様で、形や質感と相まってその人の持つ性格を表す指標となっています。


さて、気を語るにおいてここが一番の肝(きも)となるのですが、これらの気の性質は、『その人の心と身体の状態がミックスされた形で反映されている』という事です。


分かりやすい例を挙げますと、気性が激しく、荒ぽい性格の人などは(筋肉質で身体の大きい人にありがちな傾向ですが)その気は部屋を包み込む程大きくても、形はトゲトゲしていて尚且つ質感もザラザラだったりしますし、逆に陰気で意地悪な人になりますと(痩せ型な人にありがちな傾向ですが、もちろん例外もあります)その気はどんより、ネットリとその人の身体にまとわり付き、色もドス黒かったりします。


断っておきますが、これらの気の状態は、決してその人達が意識的に創り上げているものではありません。その人達が、それまでの人生を通して行ってきた、身体的な活動(身体の癖や運動習慣も含む)および精神的な活動(物事の捉え方、考え方 、言葉の選び方等々)によって ”無意識的に形成されてきたもの” なのです。


稀に “人格者” と呼ばれる人達がいらっしゃって、丸く大きな気をお持ちになり、しかもその質感は光の様に透明でサラサラしていて(当然色も明るく)優しく周りの人達を包み込んでいたりもします。そういった人が部屋の中にいると、何か全体が落ち着いて、明るい雰囲気に満たされたりするものです。KAWASHIMAさんが時々お感じになる、”何か特別な方達” というのは、おそらくこういった方達なのではないでしょうか?


しかし、この様な方達であっても “気の修行” をされた方はほとんどいらっしゃらないと思います。ただ一つ言える事は、こういった方達は常日頃から人格の練磨を意識的に行っており、辛い時も、上手くいかない時も、ヤケにならず、自分を律し続けてきただろうという事です(僕には出来ません / 笑)もしかしたら、後述しますが、東洋的な身体文化に親しまれて来た方達なのかもしれません。


さて、本題とも言える『気のトレーニングは可能か?』というご質問に対してですが、ズバリ、可能です!とお答えします。


KAWASHIMAさんもお聞きになった事があるとは思いますが『気功』という身体文化が正にそのトレーニング・メソッドではありますし、気功以外にも、東洋の身体文化には多かれ少なかれ “気の養成” という要素が含まれているものなのです。


その要素の中でも中核を成す事柄として


・正しい姿勢と呼吸

・瞑想とイメージトレーニング


の二つが挙げられると思います。もうお気付きの事とは思いますが、『正しい姿勢と呼吸』は “身体の状態を正す要素” であり、『瞑想とイメージトレーニング』は “心のあり方を正すための要素” であって、この二つをバランスよくトレーニングをする事によって、自分の気を望むべきあり方(大きさ・質感・色 等々)に持っていく事が可能となるのです。


次に具体的な方法論を大まかにご説明いたしますと、先ず『正しい姿勢と呼吸』に関しましては、手前味噌にはなりますが、拙ブログ連載『背骨の伸長』にご紹介するものに尽きると自負しております。何を隠そう、背骨の伸長こそが東洋的な ”修行” と呼ばれる身体文化を通底する基本中の基本であり、尚且つ極意でもあるからです。


次に『瞑想とイメージトレーニング』ですが、(本来、イメージトレーニングは瞑想の範疇に入るとは思うのですが、分かりやすくするため、あえて分けて説明させていただくと)瞑想に求められるのは『雑念に囚われない心の状態(無心)を得る事』と『ああしようこうしようという計らいの心(自我)を手放す事』の二つであって、これらがバランス良く融合した在り方こそが、気を、自在に、尚且つ安全に運用する土台となるものなのです。


またイメージトレーニングですが、具体的には、『形』や『色』や『質感』を ”あたかもそこにあるかの様にイメージする” ことを指します。”あたかもそこにあるかの様に” とはどういうレベルなのかと申しますと、”頭で創造したイメージが身体に何らかの反応を生じさせるレベル” という事です。例えば、気を出し入れする掌(てのひら)や足の裏が冷たくスースー感じたり、その逆にポカポカ暖かく感じたりする事です。上達してくると(敏感な人はいきなり感じられたりもしますが)身体の中を気が通る時に、そのラインがムズムズと感じられる場合もありますし、目をつむっていると眉間の裏に光を感じたりする場合もあります(強いライトを実際に額に当てられると、普通の人でも「あ、光が当たってる」と思えるものですが、正にそんな感じです)


このような “身体に何らかの反応を生じさせるレベルのイメージ” を、気功や中国武術の世界では “意念(いねん)” と呼びますが、これこそが気をコントロールする核心中の核心であって、これ一つだけでもある程度の気はコントロールできるようになるものなのですが、身体と心の土台が出来てないうちに行うそれは、大きくバランスを崩したものとなり、引いては心と身体の健康を蝕む事にさえなってしまいます(これを専門的には ”偏差” と呼びます)


ですので、安全で標準的な気のトレーニングの順番としましては、先ずは身体を整え、呼吸を深く、強くし、続いて瞑想を通して心の強張りと癖を取り除き、最終段階として “意念” を用いたトレーニングへと移行するのが良いでしょう。但し、”身体” “心” “イメージ” も全ては連環し合っておりますので、何がなんでもこの順番が良いというわけではなく、上達の度合いによって、適宜、それぞれを補完的にトレーニングするのが理想とも言えるでしょう(そのためにも上級者と共に練習するのがベストなのですが)


補足になりますが、ここで少し気の状態に関して整理させていただきたいと思います。


KAWASHIMAさんが最初に疑問をお感じになった『身体にまとう気』を、別に『オーラ』などと呼ぶ場合もありますが、もちろんそれは、全ての人達が持っていて、その人達の心と身体を守ってくれているものなのですが、その他に、主に『経穴』と呼ばれる、いわゆるツボから大自然の気を取り込んだり、呼吸の様に自分の中の汚れた気を吐き出してみたり、はたまた『丹田(たんでん)』と呼ばれるエネルギースポットに良質の気を貯蔵してみたり、上達してくると、"取り込んだ 自然の気" と "自分の生来の気" をブレンドさせて身体の中を巡らせてみたりもします(そのルートを『経絡(けいらく)』とも言います)


そうして身体を巡る気が、純度の高い綺麗なものに変化し、取り込める量も多くなると、それに呼応するように、身体を取り巻く、いわゆるオーラも美しく大きく変化していくとされています。


つまり、大きく分けて、気には “身体を取り巻くもの” “身体の内外を流れるもの” の二種類があって、それらが相互補完的に機能しているという事になります。拙ブログ「天地人」の記述にあった、「頭の天辺から天の気を入れる」とか「足の裏から大地の気を入れる」とかいうのは ”流れる気” の方だったという事になりますね。また "流れる気" を運用する場合においても、その基本は "流れる方向や質感を強くイメージする" という事に尽きます。
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身体を取り巻く "気"

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天から "気" を流し込む


さてさて、実を申しますと、前述しました通り、拙ブログの連載『背骨の伸長』は “気のトレーニングの基本且つ極意” だと確信しておりますので、この連載が完成した暁には、いよいよ本格的に "気のトレーニング" に関する記述をして行こうと思っておりましたが、まだまだ世の中には "目に見えないものを信じられない” という方が多いと感じておりまして、そういう話(気の話)を大っぴらにしていくには、後 5年から10年は掛かるかなあ・・なんて考えていましたところ(※)、KAWASHIMAさんの真摯なご質問を受けまして、もう時代はそういうところまで来ているんだなあと感じ入りました。


これを機に、今後は『背骨の伸長』の連載と並行して、気の話も沢山書いて行こうと思っております(これまでも結構書いて来てはいますが / 笑) 素敵な気付きを与えてくださって本当にありがとうございました。


今後とも、ご愛読の程よろしくお願いいたします。



(※)単純に(気の)計測機器が開発されれば済む話だと思っています。電気だって、発見された当初は魔法みたいに思われていたのですから(笑)



by genshu-juku | 2018-11-02 16:02 | 氣の話 | Comments(2)