殺陣と武道修行から得た "気付き" を易しく解説します


by Masaki Sato

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<身体論>













<スピリチュアル>





<自己啓発>



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最後になりましたが・・・

約3年もの間
このブログをご愛読くださって本当にありがとうございました。

正直、毎日書きこむのはシンドイ時もありました(笑)。

それでも、いつのまにか
このブログは僕の心の支えになっていたのです。

「読者のみなさんに恥ずかしくない報告をしなくては」

と思うからこそ、
辛い時も踏ん張ることができたからです。


そんな心の支えを自ら絶ってしまうのはとても辛いことですが、
何分、『けじめ』を必要以上に重んじる自分の性格上
いた仕方ないことと覚悟を決めています。

それでも、この3年の間に
自分の中に 『文章を書くのが好きな自分』 がいることを知りました。

しばらくしたら、
またムズムズと文章が書きたくなって
ひょっこり別のブログなんかを立ち上げてしまうかもしれません。

その時は
きっと今みたいな堅苦しい内容ではなくって
グダグダの内容ばかりになってしまうと思いますが(笑)。

その時を期待しないで待っていてください。


あと、
玄舟塾のメールアドレスは年内一杯は生かしておきますので
何かご質問・ご相談等がありましたら遠慮なくメールしてください。

webmaster@genshu-juku.com


最後に、
心を病んでしまった弟子と元弟子たちへ

大丈夫、きっと良くなるから。

信じるんだよ。

先生はいつも気にかけているからね。



それでは、本当に最後です。

みなさん
3年間のご愛顧ありがとうございました!!


最後のBGM「すきだッダンガードA」
by genshu-juku | 2008-09-30 13:16 | その他 | Comments(5)

卒業制作アドレス

何らかのご都合で
僕の卒業制作のムービーをご覧になることが出来ない人のために

ここにムービーのアドレスを載せておきますので
パソコンの環境が整い次第ご覧ください。

http://www.genshu-juku.com/Sotsusei/index.html
(ムービーをご覧いただくには Flash Player が必要です)

HPが無くなっても
ムービーだけは今年一杯アップしておきますので

元気になりたいときなどは真っ先に開いてやってくださいね(笑)。


今日のBGM「双天鈿女(そうてんでんにょ)」
by genshu-juku | 2008-09-29 23:08 | CG 修行 | Comments(2)

上達論・締めくくり

さてさて、
玄舟塾・塾長としての最後の仕事に取りかかるか。

最後に残ったテーマは

『もしこれから学ぼうとしている文化が
(ろくに)基本稽古も応用稽古も持たないものだったとしたら』

ってことだったよね?


んあ~~!
実はこれ、ホント難しいことなんだ。

何しろ
その人の目指す文化の内容と
その人個人の体格的・性格的な傾向を合わせて考えるなら、

答えは正に千差万別、
「人それぞれ」ってことになってしまう。

それでも、
みんなに約束したからには
最大公約数的な指針は示しておかなければ・・・

玄舟塾最後にして最大の難問・・・

歯切れは悪くなるだろうけれど、
なんとか行ってみるとするか(笑)。


先ずは上達にとって一番重要なもの、
それは 『上達の背骨(指針)』 だったよね。

それでね、
英検何級とかTOEIC何点とか、
点数で明確に目標値が分けられるものを除けば

大抵の場合
上達の指針はその人の目標に依るんだ。

つまり、
『その人が当該文化を学んでどうなりたいか?』
ってことに委ねられているってこと。


例えば、
同じ英語を勉強するにしても、

「仕事のためにTOEICを受けておきたい」

って人と

「外国人に殺陣を教えたい(笑)」

って人とでは、自ずと学び方が違ってくるでしょ?


あと、3Dソフトを学ぶにしても

「綺麗な風景を作りたい」

って人と

「キャラクターをガンガン動かしたい」

って人とでは、
もちろん同じ技術を学ばなくてはいけないにしても
それぞれにかけるウエイトは違ってくるはずだ。

だからね、
これは良く言われることだけど

『明確な目標を持つこと』

が上達の第一条件になるんだ。

といっても堅苦しいことはない。
『成功した自分をイメージして~』なんて質面倒くさいことでもない(笑)。


ただ、『憧れ』を持てばいい。


「ああ、あんな風に踊れたらな」

とか

「あの先生みたいになれたらな」

て感じの憧れを持つことが大事なんだ。

そして、それが唯一絶対の
その人の上達の指針になってくれるんだ。

まあ、
やっていくうちに周りの人間が何のかの言ってくれるだろうけど、
アドバイスはアドバイスとして聞いておいて、
でも、その指針だけは絶対に崩しちゃいけないんだよ。

大抵の人は、
そこで目移りしちゃって指針を崩してしまう。

心の底から方向性が変わったのなら別だけど、
ただ『見失ってしまっただけ』なら非常に問題がある。

その人の真の上達は大きく後退することになるからね。


さてさて、
何とか指針を守りながら進めるとして、
最初にやるべきことは・・・

『基礎練習(爆)』

「無駄なあがきはするな!」とか言っときながら
やっぱ、それかよ!!って思うよね(笑)。

でもね、
これだけはやって(笑)。

どんなに教えるのが下手くそな指導者でも
曲がりなりにも人に何か教えるに当たって
『基礎練習らしきもの』は用意しているはずだから(笑)。

それは徹底的に、
先生が生徒の気を引くために直ぐに次のステップに移ったとしても
(これはダメ指導者がよくやるパターン)
君達は基本練習に固執してください(笑)。

なんとなく先生の言うことを聞いて
次のステップを練習する素振りを見せながらも
家では基礎練習だけを行ってください。


そうして、
さあ、ここからが大変だ!!

その基礎練習を通して
『その文化の背骨を見つけ出してください』

来た!
最大の難関だ!!


運動はそれでも分かり易いよね。

「背骨を捻じるのか伸ばすのか」
「腰を反るのか丸めるのか」

といったことだから、
注意深く感じていればなんとなく見えてくる。


面倒なのは身体を使わない (ように見える) 文化。

例えば3Dソフトの扱いとかね(笑)。
でも、こういった事象にも もちろん背骨は存在するんだ。

話をモデリングに限定するなら、
モデリングの背骨とは(あくまで俺の感覚だけど)

『裏側を見る』

ということ。

3Dだから扱うものは当然『立体』だ。

実物の立体を目の前で扱うのとはわけが違い、
パソコンの画面上で立体を扱うのにはチョットしたコツが必要になってくる。

つまり、常に、
今操作している面の裏側を意識し続けるということなんだ。

おおっ?!
来たよ!意識だよっ(爆)!!

今までの話とようやく繋がったじゃない!!

そう、この『裏側を意識する』って感覚、
『モデリングの上達の背骨』を見つけるために
俺はかなりの時間と労力を費やした。

でも、「モデリングの背骨はどこだ?!」って意識し続けていたから
これらの労力を無駄なあがきにしなくて済んだんだよね。


さあ!背骨さえ見つかっていまえば後は簡単だ!!
(簡単に言うなって?/ 笑)

応用はね、実は、
この前話した『ステップを埋めろ』って話の応用なんだ(?)。

大抵のダメ指導者が示すステップはあまりに大雑把過ぎる。

だからね、
そんなステップは無視していい(爆)。

まあ、スクールや何かでは浮いちゃわないよう
適当に周りと合わせておきながら

家では地道に、
小さい、ホントに小さいステップを自分で作り上げてください。

例えるなら
砂の階段を作るときみたいに
一段作っては水を含ませて固めながら・・・

といった具合にです。


俺のモデリングで言えば、
これは先生に言われたわけじゃないけど
『キャラクターを作る』ことが一番の目標だった。

ほんで、キャラクターで一番難しいところは
やっぱり 『顔』 だと思ったわけ。

でね、
もちろん必死で顔を作り続けたけど、どうにも上手くいかない。

特に『目と口』が上手く出来ない。

焦って何度も挑戦するけれど
一向に上達の気配は見えてこない。

で、ある時気づいたわけ。

「これはステップの幅の設定が大き過ぎだ」って。

で、
よくよく観察してみると

どうやら目と口の配置の美しさは
四角や丸から顔の形を切りだす(凸凹を大雑把に作り出す)
『その(仮の)形で決まってしまう』ということに気づいたんだ。

だからその後は
焦って目や口まで作るのではなく
丸や四角から(俺の場合は四角が好きなんだけど)
大雑把な形を切りだす練習に精を出したんだ。

つまり、
目と口のない『のっぺらぼう』を幾つも幾つもつくったんだね。

そうして、
その『のっぺらぼう』が綺麗に作れるようになったころ
試しに目と口を付けてみたら、

あ~ら、なんてバランスの良い眼鼻になったことでしょ(笑)。


ね、こんな風に、
努力するにもコツが必要なんだ。

そのコツとは・・・

何度も言ってきたから耳にタコだよね。

それは
『物事の背骨を意識すること!!』

これに尽きますな。


ああ、やっぱり歯切れが悪かった。

でも、かんべんしてくんろ。
オッちゃんの頭じゃあ、これが限界だ(笑)。


後はみんなの工夫と努力に期待している。
君達なら、俺なんか軽くすっ飛ばして遥かな高みにいけるから。


頑張るんだよ。


負けちゃいけない。


大丈夫、
いつだって俺がちゃんと見てるから。
by genshu-juku | 2008-09-29 18:12 | 武道 | Comments(0)

玄舟塾 終了

昨日で玄舟塾の全ての稽古が終了した。

思えば7年半もの間、
これまた脇目も振らずに走ってきたよなあ・・・

残った弟子達に最後の稽古を付けながら
俺は深い満足感に浸っていた。

「目に見える技は全て伝え終えた」と。

正直なところ
「これで見た目の技を教えなくてもいい」とも(笑)。


見た目・見た目・見た目・・・
見た目が大事。

これまで撮影現場等で幾度となく聞いた言葉だ。


俺は、そんな連中を心底軽蔑しながら
心の中でこうつぶやいていた・・・


「本物であればそれでいいじゃないか」

プロの武道家になれとはいわないが
役者が時間をかけてしっかりと鍛錬をし、
本気の殺気で演じたならば

それは、いかな素人と言えども
しっかり感じ取ることができるのだ。

「観客のためにも見た目が大事」
などと うそぶく奴らは
所詮、観客を愚弄しているにすぎないのだ。


そういったわけで(笑)
極度の『見た目アレルギー』に陥っていた俺にとっては
殺陣の技を教えることすら苦痛だったのだ。


これで見た目の技を教えることから開放される。


んなこといっても、
殺陣師はまだ辞めたわけじゃないから
もちろん、仕事がくれば教えなきゃいけないわけだけど

でも、
肩の荷を半分おろせた安堵感はある。


それでは、
俺は、今後ただの腑抜けになってしまうというのか?

否、否・・・

俺の身体の中には
7年半の間 開拓し続けてきた
広大な内的世界が広がっている。

たとえば君は、
背骨のひとつとその上のもうひとつを
別々の方向にねじる事ができるかい?

姿勢はもちろん、普通にまっすぐ立ったままでだ。
言っておくけど、手なんかもちろん使わないよ(笑)

俺は今、
そういった奥妙の世界に遊んでいる。

そうして、
その身体から発せられる凄まじい威力を楽しんでいる。

もし仮に
今後、俺に教えを乞うてくる者がいるとしたら、

その者たちに教えられることとは
こういった世界・・・・

『目に見えない世界』
『本質の世界』

でも、こんな時代に
そんな物好きはいるのかいねえ(笑)?


とにもかくにも、
俺の運動に対する認識を共に深め合ってくれた弟子達よ。

心から礼を言う。

そして、心から願う・・・
君たちの個性が大きく花開くように、と。
by genshu-juku | 2008-09-29 00:48 | 殺陣 | Comments(2)

上達論・続き

さてさて、
今日は夜から玄舟塾・最後の稽古だ。

家を出る前に
この間の上達論の続きをやっつけておこう。


この間は『隙間を埋めろ』って話だったね。

基本稽古と応用稽古の間を埋めるために
独自の補助稽古を開発しなくてはいけないという話。

今日は

『もしこれから学ぼうとしている文化が
基本稽古も応用稽古も持たないものだったとしたら』

って話。


話は簡単。
例えば俺の通っていた学校。

まあ、たったの半年で広範囲の情報を網羅しなくてはいけないので
ある程度やっつけの教え方になるのは否めないが、
それにしても酷い学校だった(指導方法がね)。

毎週教わるのはあくまで基礎の基礎。
しかも、今週はモデリング、来週はテクスチャーといった具合で
正に知識の切り売りに過ぎない。

それなのに
定期的に課題を出しては、組み手(応用)をやれと言う。

分からないことがあったら
十人に一人、割り振られているかいないかの補助講師に聞けという。
(蛇足だが、本講師はこういった技術的な質問には答えない)


俺の言い方をすれば
なんたる『暴力的な指導法』なのか。

いや、指導法にすらなっていないお粗末さだ。


ここで声高に学校批判をするつもりはない。
何故なら、どこも似たり寄ったりの状況だろうから。

きっと、
専門学校に限らず
カルチャーセンターなんかの大半はそうなんだろうと思う。
(もし、生徒を上達させる良いクラスがあったとしても
それは一重に講師個人の努力や力量からきたものだろう)


俺が言いたいのは

『(生徒の)みんなは大変だなあ・・・』

ということ。

高いお金を払って、
本人は身体を壊すまで頑張っているのに
思ったような上達が遂げられない。

講師からは
「もっと頑張りなさい」とケツを叩かれ

(ここが大事)
何をどう頑張れば良いのかも分からずに
とにかく我武者羅にもがいてみる。


そのうちに
ちょっとだけ上手くなった気がして
「ああ、これが上達か」
などと自分を納得させてみる。

大方こんなところではないだろうか。


・・・可哀想過ぎる・・・


お金の無駄、労力の無駄、
無駄、無駄、無駄のオンパレードだ。

ここで労力を惜しむなとは言っていない。
上達のためには絶対に反復稽古が欠かせないからだ。

しかし、その労力を
単なる『もがき』や『あがき』で終わらせてはいけないということだ。


そのためには
絶対に『指導のための背骨(指針)』が必要になってくる。

『何をどう、どこまで頑張ればここまでいける』という指針のことだ。

『基本稽古を一万回やれば、いきなり組み手をやっても勝てる』

などという戯言は、もはや今の時代では通用しない迷信なのだ。
(俺個人としては、そういう無駄は大好きなんだけどね / 笑)


ざっと見まわしてみても、
このような上達の指針を明確に持った指導者は少ないのではないだろうか。

ってか
そもそも、指針も持たない輩は指導者の名に値しないのだが。


だからね、
ようやく本題(笑)。

これからは

『学ぶ側が賢くならなくてはいけない』

ということ。


お金を無駄にしないためにも
自分で上達の指針を導き出さなければいけないということだ。


・・・ありゃ、
そろそろ行く準備にかからなくっちゃ。

んじゃ、
続きはまた明日ってことで。


どうれ、
うちの連中を最後の最後まで上達させてやっか!!
by genshu-juku | 2008-09-28 14:28 | 武道 | Comments(0)

てんこ盛り

クラス内講評会が今終わったところだけど、

いや~、もらったもらった!
ダメ出しのてんこ盛り(爆)!!

おまけに、
一月後に『校内発表会』というのがあって

「そこに向けて 手直し頑張れ!!」

ってケツを叩かれちまった。

期間は後三週間・・・・


おいおい、
もう抜け殻になっちまったよ(苦笑)。

これからまた気力を振り絞れってか?


・・・仕方がねえなあ。
もうちょっと踏ん張ってみるか・・・
by genshu-juku | 2008-09-27 20:50 | CG 修行 | Comments(0)

卒業制作発表!!

f0074992_1221433.jpg
今日は夕方からクラス内講評会。

クラスメイト達の作品を見られると思うと
今からワクワクしているよ。

そんなわけで、読者のみんなにも俺の作品をご覧いただこうと思う。


佐藤雅樹 卒業制作
題名『A Dream Maker


忘れもしない、1月1日の早朝、
読売新聞の『崖の上のポニョ』の記事を読みながら
カミさんが何気なく言った一言

「あんた、アニメーターになればいいじゃない」

・・・この一言から始まった怒涛のような毎日・・・


今週末で44歳になるオヤジが、
周りの心配もよそに
わき目も振らず、ガムシャラに駆け抜けた8か月・・・

その全ての成果が
今ご覧いただいたムービーに詰まっている。

まだまだ荒削り、
プロになるには相当の修行が必要だとわかってはいるが

いやはや、
なんとも可愛らしい我が作品ではないか。


・・・今がようやく始り。
次の人生に向けた第一歩をやっと踏み出すことが出来る。


振り返って思うのは、
ここまで来ることが出来たのは
応援してくださった全ての人達のお陰だということ。


ありがとう

本当にありがとう

心からの感謝を捧げます。



追伸
Flashムービーの横のサイズが切れてしまっているけどご容赦のほどを。
by genshu-juku | 2008-09-27 12:36 | CG 修行 | Comments(0)

上達のコツ

上達のコツはねえ・・・

まあ、何にせよ量はこなさなくちゃいけないよね(笑)。

でも、
仕事や勉強に忙殺される現代人において
生活の全てを稽古に注ぐというわけにはいかないのも事実。

もし、そんなことをしたら
家庭人としての役割を放棄してしまうことになるからね。

だから、
上達は計画的・効率的に成されなければいけない。


んでね、
コツの一つ目は

『隙間を埋めろ!』

ってこと。

例えば、
伝統的な武術や舞踊には
必ず基礎訓練から応用訓練までが用意されている。

基本技から移動稽古、
移動稽古から約束組み手、
約束組み手からようやく自由組み手へ、
などと明確に分類しているところもあれば

そこまで細かくなくとも
易しい『入門型』から入って
少しずつ難度の高い『高級型』へと進む流派もある。

これは、学ぶ側からしたら大変に有難いことだ。
進むべき道がハッキリと示されているからだ。


しかし、
これには落とし穴があって

運動センスのある人間なら
なんでもなく乗り越えられるステップが
(例えば、『基本稽古~移動稽古』)

運動センスがちと足りない者たちにとっては
断崖絶壁のように感じられてしまうのだ。

何しろ基本稽古は大股おっぴろげた四股立ちなのに(笑)
移動稽古ではいきなり前後に脚を構えて、しかも歩くんだもの!!

これには
頭がパニックを起こしても仕方がないというものだ。


だからこそ、
指導者は(練習者各々についても言えることだけど)

『ステップを埋めるメニュー』

を考案しなくてはいけないのだ。


うちの場合で言えば、
移動稽古で歩き出す前に
『前後脚で立ったままの素振りや突き』をさせたりする。

「なんだ、それだけのことか?」

と思われるかもしれないが、威力は抜群、
運動センスの劣る者たちも難なくこの壁を乗り越えることができるのだ。


というわけで、
うちは通常の基本稽古と移動稽古の間に
こういった『補助の稽古法』だけでも十数種類、

移動稽古から応用に当たる『立ち廻り』に移る場面にも
同じく十数種類(数えれば、もっとあるかも?)
の補助稽古が用意されている。

運動エリート達が集まるプロのスタントチームならいざ知らず、
俺たちみたいな鈍才が上達するためには
こうした涙ぐましい努力と工夫が必要だったのだ。


最後に補助稽古を考えるときの指針をひとつ。

それはやっぱり『背骨中心』に考えること(笑)。

例えば、
手首の返しひとつとっても
背骨と(もっといえば下半身とも)関係しているものだ。

ともすれば、
手首の動きは手首だけで捉えてしまいがちだけど、

そういった局所的な稽古は、
後々全体と調和させようとしたときに そぐわない場合が多い。

だから、俺の場合は
手首の動きを教える場合であっても
少なくとも肩甲骨の動きから絡めて教えている。

ま、局所的な稽古が全て悪いといってるわけじゃなくて
ケースバイケースだと言いたいんだけどね。


長くなったんで、
この続きはまた今度。


自分に ご褒美 を買ってあげて
ご満悦の俺でした。

あ~、ようやく英語がやれるよ(笑)。
by genshu-juku | 2008-09-26 23:48 | 武道 | Comments(0)

本質を見つめ続けろ!

背骨に関連する話の総括。

前にも書いたけど
あれやこれや身体の話をしていても

根っこのところでは
やっぱり『心構え』について語ってるんだよね、俺って。

いや、違うな。

東洋的視点からすれば
身体について語るならば心を語ることになり
逆もまた然りなのだ。

だから、
俺の物の見方、考え方は
全て身体を通して培ってきたものだし

価値観が多様化し過ぎて
本質を見極めにくいこの時代においては
結構信頼できる物差しだと自負している。

俺が偉いって言ってるんじやないよ。

ただ、
『東洋的身体智』が素晴らしいと言いたいんだ。


昔はそこいら中にいたけどね。

仕事一徹で人付き合いも悪くって
もちろん学歴なんかないけれど
仕事から学んだ哲学をちゃんと持っていて
ここぞという時にハッとさせられる言葉を吐ける人達が。


今の時代は切り売りの知識を多く持っている人間が善しとされ、
そういう輩の空虚な言葉ばかりが漂っているような気がする。


繰り返して言うけれど、

君達は本質(物事の背骨)を見つめなければいけない。

デッサンだってそうでしょ?
目や鼻の造作にばかりこだわっていては
全体のバランスを欠いてしまう。

筋力測定ができる(目に見える)筋肉しか鍛えなかったら
昔日の達人の境地になんか絶対になれやしない。


もちろん、
西洋科学的・分析的な方法論がいらないと言ってるわけじゃない。

そのお陰で今日の科学的・文化的な発展があるわけだし。

しかし、一方で
西洋科学が包括的・地球的な見方を疎かにしたお陰で
もはや地球の命運は風前の灯といった有様ではないか。


君達は両方を備えなければいけない。

西洋科学的・分析的な物の見方と
東洋的・包括的な物の見方(本質を見る見方)の両方を。


(いきなり話は飛躍するけれど)
今後の地球の行方は君達の肩にかかっている。

もちろん、
俺達中年だって頑張るけどさ(笑)。


共に歩もうじゃないか。

お互いに切磋琢磨し合いながら。


今日のBGM「ガッチャマンの歌」
by genshu-juku | 2008-09-25 22:55 | 武道 | Comments(0)

もひとつ、背骨の話

昨日話した俺のアニメーションの付け方、
先ずは背骨の動きから付けるんだったよね。

この方法は、
『歩き』や『走り』といった割かし単純な動きばかりではなく
(ホントは単純じゃないんだけどさ)

例えば『酔拳』なんかの複雑な動きでも一緒なんだよ。

酔拳の骨格

そう、
この背骨の動きに手足の動きを肉付けしていけばいいんだ。

だから、俺のアニメ付けにおいては
この動きの骨格とでもいうべき『背骨の動き』
がとても重要になってくるんだよね。

これが満足のいくように付けられたら
そのアニメーションは既に成功したといってもいいくらいなんだよ。


だからね、
表現者を目指す君達に伝えたいことは

何らかの運動を習いたい、
もしくはその運動を表現しなくてはいけないというときには

『先ず、背骨はどう動いているか』

ということを見抜くことが大切なんだ。

ここを押さえているといないのとでは
その後の習熟度に雲泥の差が広がってしまうのだから。


で、
ここで問題になってくるのは

世の中の『運動』というものは、必ずしも、酔拳やフラダンスのように
背骨を分かりやすく動かしてくれるものばかりではないということなんだ。

例えば、日舞や太極拳のように
良い姿勢なんだけれど、ちょっと見ると
背骨を全く動かしていないように見える運動もあるからだ。


でもね、
例えば太極拳でいえば

その口伝に

『拳は背骨から発する』

とあるように、
あの静かなる佇まいの中で
背骨は勁(ちから)を貯え発するために

グニグニグニグニ・・・(笑)

捻じれては解放し
伸びては縮んでを繰り返している。


この辺になってると
『見えない(分からない)人間』には
皆目見当のつかない境地になってしまう。

ところが、
『見える(分かる・出来る)人間』にとっては
至極当たり前のことであって、

尚且つ、
違う種目も同じような視点で見る(理解する)
ことができるようになるんだ。

例えば俺は、
ダンサーの上手い下手を言い当てたり
陸上選手のタイプの違いを細かく分析できたり
何気なく歩いている弟子の不調を指摘できたりする。

弟子の不調にいたっては、
本人すらも自覚できていない
ほんの僅かな歪みを見つけてしまうのだ。


もし君達が、役者なり、ダンサーなりを目指しているとすれば
このような『視点』は絶対に必要だとは思わないかい?

そのためには、
先ず何かの運動に習熟するのが手っ取り早いことだけど
必ずしも運動を実践する必要もなくって、

これまで話してきた

『根幹(背骨の動き)を見抜く目を養う』

ということを 常日頃意識し続けていればいいんだ。


テレビでスポーツを観戦するときも
バラエティー番組でタレント達のバカ騒ぎを見るときも
道でお年寄りとすれ違う時も・・・

『この人達の動きの根幹(背骨)はどうなっているんだろう?』

と観察することが大切なんだよ。

それを続けていけば、
十年後ニ十年後には
きっと君達も俺と同じ視点を持てるはずだ。


そのときは、
酒でも酌み交わしながら
運動談義に花を咲かせようじゃないか(笑)。

そのときを
楽しみに待っているよ。


以上
「バカ野郎!フルマラソン走った後で あと10キロも走れるかってんだよ!」
的に消耗し切った俺がお伝えしました(笑)。


今日のBGM「すきだッダンガードA」
by genshu-juku | 2008-09-24 18:08 | CG 修行 | Comments(0)