殺陣と武道修行から得た "気付き" を易しく解説します


by Masaki Sato

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影響を受けた書籍

<身体論>













<スピリチュアル>





<自己啓発>



水が争うと書いて『浄い』_3

侍同士の斬り合いや戦争なんて物騒なものを持ち出したのも
ひとえにみんなの認識を揺さぶりたかったから・・・

もちろん
これらが現実になることは許されるべくもなく

我々はあらゆる努力を払ってでも
それを阻止しなければならないのだが・・・

しかし

これらの具体的・実体的暴力が抑えられているからといって
我々は安穏と過ごすことを許されているわけではないのだ。

目に見えない、若しくは巧妙に隠された『争い』が
我々の生活を取り巻いているからだ。

判りやすい例えでいえば
受験戦争なんてのがそうだろうし

いじめだって

一見、いじめる側からいじめられる側への
一方通行のように見えるが

いじめられる側だって
命懸けで耐えて(闘って)いるのだろうし

周りの大人や級友達の
「いじめをやめさせよう」とする運動までを視野に入れるなら

これは見紛うことなき『争い』には違いないのだ。

故に、人里離れた山奥で
ひっそりと暮らすことを望まぬ限りは

争いを避けて生きることなど到底不可能なことなのだと
現代に生きる我々は腹を括らねばならないのだ。

「それでは身も蓋もないではないか?」

とお嘆きになるかもしれないが

前にも述べたように

我々人間には『苦を楽に変える』力がある。
『"争い"を"高め合い"に昇化させる』力を備えているのだ。

俺自身は受験から逃げた口なので偉そうなことは言えないが
「受験のお陰で人間が鍛えられた」という人達は大勢いるし

いじめを乗り越えて
世界チャンピオンになったボクサーもいれば

いじめをバネに人気芸能人になった人もいる。

身に降りかかった争いを己を磨く糧とするか

動物の本能を剥き出しにして
泥沼の争いに飲み込まれていくかは

ひとえに個々(集団)の認識に掛かっているというわけなのだ。


・・・続く
by genshu-juku | 2012-08-04 22:33 | 武道 | Comments(0)