殺陣と武道修行から得た "気付き" を易しく解説します


by Masaki Sato

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影響を受けた書籍

<身体論>













<スピリチュアル>





<自己啓発>



水が争うと書いて『浄い』

上の言葉は昔師事していた
師父(しふ=師匠)がよく口にしていたもの。

まんま意訳すれば

争うように流れる水は清浄で
淀んでいる水は不浄だ、といったところか・・・

オリンピック選手達の熾烈な闘いを見ていると
俺はいつもこの言葉を思い出す。


双方が全力を傾けて対戦相手を倒そうとするその姿は

幼稚園の運動会で皆に手を繋がせてゴールさせるような
腑抜けた平和主義者達には直視できないほど

過激なものに映るだろうが

俺にとっては

この薄汚れた世の中を一瞬忘れさせてくれるほどの
ある種の神々しささえ感じさせてくれるものだ。

何故なら、そこには対戦する者(組)同士が
『お互いに高め合っている』という図式が観て取れるから。

勝って泣く者、負けて涙を流す者・・・

いずれにしても
彼等の人間性は、今、間違いなく高まっている。

その姿に、見てるこちらの心も洗われるのだ。



中には倒した相手を跨いでポーズを取る不遜な輩もいるけどね。
(勝利至上主義の負の側面)

こんだけ参加選手が多いんだから
中には変な奴等も混ざっているのだろう・・・

プロレス行け。


・・・続く
by genshu-juku | 2012-08-01 10:42 | 武道 | Comments(0)